ジョゼ・レヴィについて

ジョゼ・レヴィとは何者か?答えは単純ではありません。彼の活動は境界があいまいで、様々な分野や専門的要素を時間をかけて研究し、それらが集合体として表現されているからです。言えるのは、ジョゼ・レヴィは「物」をデザインする、ということ。また、ここで言う「物」とは、「製品」という意味です。セーヴル焼きの磁器、アスティエ・ドゥ・ヴィラットの陶器、サン・ルイのクリスタル、ロッシュ・ボボワやギャラリーS.ベンシモンの家具、キャンドル、タオル、さらには、自分用のみならず一般向けの洋服もデザインしていたことを忘れてはいけません。ジョゼの洋服のデザインは非常にモダンで冒険心があり、ファンタジーとサバイバルの時代に抗うようなコレクションでした。またジョゼ・レヴィには考古学者のような点もあり、様々な技術やノウハウを調べつつ、大衆文化へも入り込み、忘れられてしまった過去の陳腐な事を探求したりもします。このため、彼の作品にはノスタルジーや懐かしいものが満ちています。共有された記憶は、ゆるやかで、うっすらとしつつ、目を奪うような形を生みます。ジョゼ・レヴィの作品は、すぐそこに形としてありながらも、2つの時代の間に浮かび、現代と他の全ての時代を提示しています。

ジョゼの家族に起こった恋愛が元となり、日本と畳は、ジョゼにとって大変馴染み深いものでした。1960年代のはじめ、ジョゼの祖父であるアナトールは、日本で、柔道着や着物、袴、刀を製造する会社を立ち上げました。「祖父のおかげで、小さな頃に日本と出会うことができたんだ。”普通じゃないけど美しい”違う国のもの、エキゾチックなものと接した初めての体験だった。とてもワクワクした。私が、外国のものや美しいもの、夢、異なるものに接するにあたって、とても大切な体験となった。70年代は今ほど旅行が盛んではなかったから、日本はとてもとても遠く思えた。」と、ジョゼ・レヴィは思い出を語ってくれました。アナトールは1年に1度日本を訪れ、関係会社だけでなく日本の様々な場所を訪れました。ヨーロピアンクラブ、スポーツ用品店に商品を納め、日本から輸入した機械で作った畳に独特の滑り止め加工を施したことで、一時期はオリンピックにもアナトールの商品が使われていました。ボーマルシェ大通りにあるアナトールの店で、ジョゼは、着物や小太刀、袴から、目と感覚で日本文化の伝統をはっきりと感じ取っていました。2012年には京都 ヴィラ九条山にレジデントデザイナーとして滞在し、日本文化の真実のあり方を学びました。畳、銘木、塗りと磨き、明るい色味の木材等の基本要素は今回のコレクションにも通じるものです。